夢を叶える男の子の育て方(うまのブログ)#52
人は見かけによらぬもの
健介は大学一年の時、親友の翔と二人で夏休みを利用して信州の山里に一週間の蝶の採集旅行をすることにした。普段都会の真ん中で生活している健介にとっては、信州の山里の生活はすべてが新鮮で驚くことばかりであった。夜のホタルの群れ、伝統に集まる虫たち、それを食べに現れるモリアオガエル、カエルを狙うヘビなど豊かな自然に囲まれて楽しい時間を過ごした。
健介と翔が泊まった民宿は、茅葺屋根の二百年前の建物で、梁の裏には江戸時代の年号が刻んであった。
ある夜、囲炉裏端で宿泊している人たちが集まって、楽しい団欒の時間が始まった。その時健介たちの正面に一人の中年の男が座っていた。
「君たちは大学生かな」その男が切り出した。
「ええ、一年生です。この北信(長野県北部)はキレイなゼフィルスと呼ばれるシジミ蝶が採れるので来たんです」
「君たちはいいねえ、親のスネをかじって、そうやって遊んでいられる。君たちの使命は今一生懸命に勉強することなんだ。いつまでも親に甘えていてはいけない。世の中はそんなに甘いもんじゃあないんだ。そうやって世間知らずに生きていられるのは幸せかもしらんが、甘い甘い、君たちはまだまだ甘いな」
その男の話はどれも説得力があり、健介と翔は素直に彼の注意に耳を傾けていた。彼はさらに続けた。
「世の中には『分相応』という言葉がある。自分の能力や立場、身分をわきまえて、周りの環境と溶け合って、控え目に生きることの大切さを言っている言葉だ。そのためにも大事なことは人に対する感謝の気持ちを忘れないこと。特に君たちを育ててくれたご両親に対する感謝の気持ちは忘れてはいけない。君たちが、親のお金を使って蝶採りなんて優雅なことをやっている暇があるなら、勉強をしなさい」
健介も翔も、囲炉裏を取り巻いている他の人たちの前で、恥ずかしさときまり悪さで囲炉裏の灰を眺めていた。心の中では「僕たちはバイトで稼いだお金で来ているんです」と言い訳したものの、男の言っていることはもっともで反論の余地は全くないと思ったからだ。
翌日二人は蝶の採集に出かけた。長い網で木の上の方にいる蝶をとるのだが、二人ともなんだか気持ちが入らず静かに採集をした。しばらくして翔が言った。
「あの人何者だろうか」
「元高校の先生か、苦労して成功した企業経営者って感じだね」
健介も男の厳しさ、経験豊富さからくる厚みのある言葉に圧倒されていた。ただやはり自分たちの生活習慣にも、問題があることには気が付いていた。
夕方になり二人は宿に戻った。例の男客はすでに部屋を引き払っていた。部屋を掃除していた宿の女将さんの独り言が聞こえてきた。
「いつもこうなんだから。部屋は汚すし、急なキャンセルはするし、迷惑ばかり。おまけに宿代まで値切って行ったよ。本当にこっちへの思いやりなんて微塵もないんだから」
「あの人はどんな人なんですか」
健介は好奇心から聞いてみた。
「この村の出身者なんだけど、若い頃に東京に出て商売をしていたけど失敗してそのあとは定職にもつかず稼ぎもなく、みんなに迷惑ばかりかけて生活している人だよ。いいとこもあるんだけど、世の中に甘えて生きているって感じの人だねえ。姉さんがうちで働いていたこともあって、断るわけにもいかず泊めてるんだけどねえ」
健介も翔も人ってわからないと思った。同時に大人というものは本当の自分の姿を隠すものだと感じた。でも彼の言うことは忘れかけていた大事なことだとも思った。