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夢を叶える男の子の育て方(うまのブログ)#6

奇跡の話

 

今から五十年以上も前の話です。

静岡県のある港町から、数隻のマグロはえ縄漁の漁船団が、六月のある日に南太平洋に向けて出発しました。この中の一隻に十五歳の好奇心の強い、まだまだ子供らしさの抜けない明るい少年が乗り組んでいました。名前は健介。彼にとっては初めての遠洋航海で、胸をときめかせて乗り組んでいました。

やがて、漁船団が日本から二週間以上の日数をかけて、はるばる漁場であるマリアナ諸島の海域に到着した時のことです。不運なことに、この海域ではこの時期としては珍しい台風が突然発生しました。あまりに急激に台風が大きく成長したために、漁船団の船の多くは逃げ遅れ、南太平洋の強風と高波に飲み込まれてしまいました。そして、この台風は多くの漁船とその船員の命を奪い、この遭難事件は大きなニュースとして新聞にも取り上げられました。

この時の出来事です。健介少年の乗っていた船も例外ではなく遭難し、彼は夜の海にたった一人投げ出されてしまいました。

「きっと誰かがすぐに助けてくれるさ」と健介はさほど心配もせずに、得意の水泳で暗い波間を漂っていました。しかし風はますます激しくなり、波はどんどん高くなりもう泳ぐのも精一杯になりました。

「がんばりなさい。あきらめてはだめよ。必ず助かるわよ。がんばるのよ。」

母の声が健介の耳には、はっきりと聞こえたのです。

「大丈夫、母さん心配かけてごめんなさい。絶対に死なないから」

健介は心の中で叫びました。しかしそれもやがて波間に消えて、漂流する少年の意識は次第に遠のいていきました。

どのくらいの間気を失っていたことでしょうか。しばらくして自分が大きな船板にしがみついていることに気がつきました。こんなことを繰り返して少年の心は少しずつ不安と諦めの気持ちに支配されそうになりました。そんな時には大人の身体くらいあるこの木片に話しかけ、さびしさと不安を紛らわしながら漂っていました。

木片と共に二昼夜がたったころです。健介は運よく駆けつけた救助の船団に助けられました。救助船は三日三晩捜索をしましたが、結局この少年一人だけしか生存者は見つけられず、日本に引き返すことになりました。この救助船が引き返して三日目のことです。長い眠りから目を覚ました健介は、救助船の船長に尋ねました。

「僕と一緒にいた船板はどこですか?僕がしがみついていた木はどこにありますか」

船長は当たり前ですが、「君を助けた時に捨ててしまったよ」と言いました。

「どうかお願いですから、僕と一緒にいた船板を探してください。あれは僕の命の恩人なのです。あの板がなければ、僕は生き延びることができませんでした。お願いします、お願いします。どうかあの板を探してください」

健介の哀願に船長はしばらく困惑の表情を浮かべながら考えました。

「遭難現場の南太平洋からもう二日と半日も北に来てしまっているし、戻って板切れを探しても見つかる確率なんてほぼ0%にちがいない。誰もがそう思うだろう。何しろ広い砂浜の中に落ちている一ミリの大きさの落とし物を見つけるようなものだ。でもこの少年がこんなにたのむなんて気になるなあ」

しかし、ここで一回目の奇跡が起きました。船長は遭難現場を後にして三日も経っているというのに、なんと現場に引き返す決断をしたのです。健介の真剣な表情と気持ちが船長の心を動かしたのです。

救助船は三日をかけて遭難現場の海域に到着しました。現場といっても北海道の面積よりも広い海域です。この中から長さわずか二メートルほどの板切れなんて見つかるわけもありません。優しい船長の指示でまる二日間捜索をしましたが、結局何も見つからず船は引き返すことになりました。

「ありがとうございました。ご迷惑をおかけしました」

肩を落とした健介は涙を流しながらお詫びとお礼を言いました。

現場海域から離れる最後の夜、真っ暗な海面をサーチライトで照らしながら捜索船は日本に引き返すことにしました。やがて夜もふけて空には南十字星が輝いていました。

この時、二回目の奇跡が起きたのです。それはあまりに突然やってきました。真っ暗な海域を照らす、サーチライトの輪の中に何かが動いたのです。漂流物が見えたのです。そう、奇跡が起きたのです。

そこにはやはり板切れにしがみついてただよっている生存者たちがいたのです。この台風で遭難した日本の七人の漁師たちが、息も絶え絶えの状態で、やはり板切れや救命道具にしがみついて暗い波間を漂っていたのです。

健介少年の船板は結局見つかりませんでしたが、代わりに尊い七人の命が救われたのです。

ひょっとすると神様が板切れになって健介と七人の漁師の命を救ってくれたのかもしれません。

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